大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)3574号 判決
原告 宮井福三郎
被告 道建商事株式会社 外一名
第一主文
一、被告道建商事株式会社は原告に対し、九四九、五一五円および内金六六九、五一五円に対する昭和四一年七月二七日から、残金二八〇、〇〇〇円に対する昭和四二年四月二九日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告の右被告に対するその余の請求および被告川崎一郎に対する請求を棄却する。
三、訴訟費用中、原告と被告道建商事株式会社に生じた分は同被告の負担とし、原告と被告川崎一郎間に生じた分は原告の負担とする。
四、この判決一項は、かりに執行することができる。
第二原告の申立て
被告らは連帯して原告に対し二、一六四、九三六円および内金一、七一四、九三六円に対する昭和四一年七月二七日から、残金四五〇、〇〇〇円に対する昭和四二年四月二九日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
との判決ならびに仮執行の宣言。
第三争いない事実
交通事故発生
とき 昭和三九年八月一八日午後一〇時一五分ごろ
ところ 大阪市福島区上福島北一丁目六八番地先路上
事故車 被告川崎所有の普通乗用自動車(大五む一五八五号、以下本件自動車という) 運転者 被告川崎(被告会社取締役で同社大阪営業所長)
受傷者 原告(当時七一才)
態様 本件自動車を運転して西進中の被告川崎が前方注視を怠つた過失により、前方を北から南に横断歩行中の原告に自車を衝突させた。
第四争点
(原告の主張)
一、被告らの責任原因
(1) 被告会社(自賠法三条、予備的に民法七一五条)
(2) 被告川崎(自賠法三条、予備的に民法七〇九条)
本件自動車は被告川崎の所有ではあるが、同被告は被告会社の取締役で同社大阪営業所長として職務上これを使用していたものであるから、被告らはともに本件自動車の運行供用者である。
かりにそうでないとしても、被告川崎は被告会社の職務執行のため右自動車を運転西進中、前方左右に対する注視を怠り、指定最高速度を約一〇キロメートルこえる時速約五〇キロメートルで漫然進行した過失により、おりから前方を南に向け横断歩行中の原告の発見が遅れ、本件事故を起こしたものである。
二、原告の損害
(1) 受傷部位・程度
頭部外傷II型、左腓骨皮下骨折、右第五肋骨々折、左大腿挫創、前額部挫創、左上肢右肩擦過創。
(2) 数額 合計二、七九七、一〇三円
(イ) 療養費 計三五七、一〇三円
事故当日ただちに日生病院に入院し、同年一〇月三日岸和田市民病院に転入院し、翌四〇年二月二〇日同病院を退院(以上争いがない)、その後も通院療養につとめている。
A 日生病院入院治療費 一四九、九一七円
B 岸和田市民病院入院治療費 二〇二、二五〇円
(以上争いがない)
C 右病院通院治療費 (41・2・22まで) 四、九三六円
(ロ) 逸失利益(休業損) 一、四四〇、〇〇〇円
事故当時調理士として一ケ月四五、〇〇〇円の収入を得ていたが、前記入院中はもとより昭和四二年四月一八日まで通院治療のため働けなかつた。
(算式)
四五、〇〇〇円×三二
(ハ) 慰謝料 一、〇〇〇、〇〇〇円
前記重傷によりいちじるしい疼痛・苦痛に悩まされた。しかも長期の治療にもかかわらず完治せず、現在も脳波異常による頭痛等の後遺症に悩まされ、就労できない状態にある。今後も後遺症が完治するかどうか不明で、いちじるしい不安におそわれている。就労不能により日々の生活にも困り、最近は生活保護法による扶助を受けて暮らしている。かような精神的打撃を慰謝するに足る金員は、一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。
三、本訴請求
原告は被告より右損害金の一部として、入院治療費三五二、一六七円、休業損二八〇、〇〇〇円計六三二、一六七円の弁済を受けたので、これを控除した残額二、一六四、九三六円および内金一、七一四、九三六円に対する損害発生後の昭和四一年七月二七日から、残金四五〇、〇〇〇円(前記休業損のうち昭和四一年六月一九日以後一〇ケ月分)に対する損害発生後の昭和四二年四月二九日から各支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金を本訴において請求する。
(被告らの主張)
一、責任原因について
本件事故は被告川崎が自宅に帰る途中に起こしたものであり、被告会社の職務執行中のものではない。
二、和解契約の締結
被告川崎は原告との間で、昭和四〇年二月三日、損害賠償金について「被告川崎が原告に対し入院費、休業損、慰謝料等一切の損害賠償金として六三二、一六七円を支払う。原告はこの金員受領後は一切なんらの要求をしない」旨の和解契約を締結し、右賠償金をすべて支払つたので、原告の被告川崎に対する損害賠償請求権は消滅した。
三、過失相殺
事故発生につき原告にも過失がある。すなわち、原告は七一才の老令であるのに相当飲酒し、夜間暗くて見通しが悪く、かつ横断歩道でもない場所を北から南に横断するにあたり、二台の車がほぼ並列して西進してくるのを道路中央附近で認めながら、渡り切れると思い歩行を続けたため、本件自動車にはねられたものであるが、原告としては、右の場合、北側の車(先行車)の直前を横切つて飛び出せば南側の車(本件自動車)に衝突するかも知れないので、そのようなことのないようじゆうぶん注意すべきであるのに、漫然と本件自動車の前に飛び出したものである。
第五証拠
<省略>
第六争点に対する判断
一、被告らの責任原因
(1) 被告会社(自賠法三条)
(2) 被告川崎(右同)
被告川崎本人尋問の結果によると、本件自動車は被告川崎がみずから購入して所有するもので、同被告はこれをもつぱら通勤に利用していたが、便宜上被告会社大阪営業所長としての得意先まわりや荷物運送のために利用することもあつたこと、右自動車の維持費、修理費等の運行費はすべて被告会社において負担していたことが認められる。右事実によると、被告会社は被告川崎の営業所長としての職務の重要性にかんがみ、通勤および職務執行のため本件自動車を利用することを認め、その運行による業務向上その他の利益を継続的に享受しており、それ故にこそ右自動車の維持費、修理費等ほんらい被告川崎において負担すべき運行費用を被告会社が負担していたものと推認することができるので、本件自動車の利用関係を実質的にみると、被告川崎が自己の通勤および職務執行の限度で右自動車を被告会社に提供し、その対価として運行費用を被告会社が負担していたものと認めるのが相当である。
そうであれば、被告川崎が通勤または職務執行のため本件自動車を運行の用に供しているかぎり、同被告のみならず被告会社も(被告川崎を介して)これに対し運行支配を有し、かつ運行利益を享受するものというべきところ、成立に争いのない甲三、四号証によると、本件事故は被告川崎が被告会社大阪営業所長としての残業を終え、帰宅途上において発生したことが認められるので、被告会社は右事故当時、被告川崎とともに本件自動車を競合的に自己のために運行の用に供していたというべきである。
二、原告の損害
(1) 受傷部位・程度
原告主張のとおり(成立に争いのない甲五、六号証)
(2) 数額 合計一、九七七、一〇三円
(イ) 療養費 三五七、一〇三円
原告主張のとおり(成立に争いのない甲一号証、弁論の全趣旨)。
(ロ) 逸失利益(休業損) 一、一二〇、〇〇〇円
原告は事故当時月収四五、〇〇〇円を得ていた旨主張し、原告本人尋問の結果により成立の認められる甲九号証によると、原告は当時近調調理士紹介所に所属し、八尾市藤原食堂に調理人として就労し月収四五、〇〇〇円を得ていた事実が認められなくもないが、原告、被告川崎各本人尋問の結果および乙四号証(被告川崎本人尋問の結果により成立を認める)によると、原告には正式の調理士の資格がなく、就労先も一定せず転々とし、その間には不就労の期間も存したこと、後記和解契約は原告の月収を三五、〇〇〇円として締結されていることが認められるので、これらの事実に照らすと、右甲九号証はたやすく信用しがたく、他に事故当時の原告の月収が四五、〇〇〇円であつたことを認めるに足る証拠はない。したがつて、当時における原告の月収は平均三五、〇〇〇円であつたと認めるほかはない。
つぎに、成立に争いのない甲五、六号証、乙一号証および証人大橋良三の証言によると、原告は事故当日から昭和四〇年二月二〇日まで入院治療して退院したが、退院当時外傷治癒と診断されながらなお愁訴が残つており、その後の通院治療を予定しての退院であつたこと、退院後も原告は頭痛や胸痛等を訴えており、その症状については、昭和四〇年五月一三日ごろまでは外傷性神経症によるものであるが、その後は老令変化による疾病が主因をなしていると診断されていること、昭和四二年四月一八日当時なお就労不能であることが認められるので、これらの事実から判断すると、原告の就労不能の継続は老令による回復遅延に一因があるとしても、原告が本件事故にあわなければ従前どおり稼働できたものと推認し得るのであり、老令者が前記のような重傷を受ければ、一般に比して回復が遅延するのは通常のことであるから、なお原告の右不就労は本件事故によるものと認むべきである。
(算式)
三五、〇〇〇円×三二
(ハ) 精神的損害 五〇〇、〇〇〇円
前出受傷部位・程度、その他すべての事情をしんしやくした。
三、和解契約の成立
乙二、三、五号証の存在、前掲乙四号証および被告川崎本人尋問の結果に、本件事故の損害賠償金として六三二、一六七円が支払われている事実を総合すると、原告は昭和四〇年一月下旬ごろ、退院時期も近づいたので被告川崎に電話で示談の話をもちかけ、これに応じた被告川崎がそのころ原告入院中の岸和田市民病院におもむき、種々話し合つた結果、被告川崎は原告に対し、すでに支払いずみの入院治療費のほかに、休業補償として一ケ月三五、〇〇〇円の七ケ月分二四五、〇〇〇円、将来の治療費、慰謝料等として九五、〇〇〇円、合計三四〇、〇〇〇円を支払うことに決まつたが、休業補償のうち一七〇、〇〇〇円はすでに原告に手渡していたので、結局被告川崎から原告に対し残額一七〇、〇〇〇円を支払えばよいことになり、同年二月三日、右病院内において、被告川崎が原告に対し右一七〇、〇〇〇円を手渡すのと同時に、示談書、誓約書、領収書(乙二、三、五号証)が作成され、原告は右金員受領後は一切なんらの要求をしない旨の和解契約が締結されたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果はとうてい信用することができず、他にこの認定を動かすに足る証拠はない。
とすれば、被告川崎の原告に対する損害賠償債務は、すでに消滅しているといわなければならない。
四、原告の過失(過失相殺二〇パーセント)
原告が本件事故当時飲酒していたことを認めるに足る証拠はないが、成立に争いのない甲二号証および乙六号証によると、附近には信号機により交通整理の行なわれている横断歩道があるのに、原告は夜間暗い横断歩道でもない場所を横断しようとしたこと、横断途中道路中央線附近で二台ほぼ並んで西進してくる車を認めながら、北から南に漫然歩行を続け、北側の車(先行車)の前を横切り南側を進行してくる本件自動車の直前に飛び出したため同車にはねられたものであることが認められる。
右事実によると、横断歩道でもない場所を横断し、しかも接近してくる車にじゆうぶん注意を払わずその直前を横切ろうとした点に原告の過失が認められ、この過失は本件賠償額の算定にあたりしんしやくしなければならない。
五、結論
(1) 被告会社は原告に対し、前記損害額の八〇パーセントたる一、五八一、六八二円の賠償金(療養費二八五、六八二円、逸失利益八九六、〇〇〇円、慰謝料四〇〇、〇〇〇円)を支払うべきところ、原告は前記のとおり被告川崎から六三二、一六七円の弁済を受けているので、これを控除すると残額九四九、五一五円となる。したがつて、被告会社は原告に対し、右九四九、五一五円および内金六六九、五一五円に対する損害発生後の昭和四一年七月二七日から、残金二八〇、〇〇〇円(前記逸失利益のうち昭和四一年六月一九日以後一〇ケ月分の八〇パーセント)に対する損害発生後の昭和四二年四月二九日から各支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。
(2) 被告川崎は原告に対し、本訴請求にかかる賠償金を支払う義務はない。
(3) よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷水央)